受注産業である設備の地域トップ会社として、
これからもお客様へ“最高の満足”を提供し続けていきたい。

代表取締役社長 荻津 仁彦
【プロフィール】
| 昭和53年4月 | 当社入社 |
|---|---|
| 平成8年12月 | 営業部部長(つくば支店駐在) |
| 平成11年7月 | 執行役員 第二営業部長兼東京支店長 |
| 平成13年9月 | 茨城事業部営業部長兼つくば支店長 |
| 平成14年4月 | 茨城事業部営業部長 |
| 平成15年11月 | 取締役 茨城事業部営業部長 |
| 平成19年9月 | 取締役 常務執行役員 茨城副事業部長 |
| 平成23年11月 | 代表取締役社長 社長執行役員 |
- Q1. 入社されたのはいつでしょうか?
- 昭和53年で、当時私は23歳でした。考える事があり大学を中退し故郷の茨城へ帰り、社会勉強をしている時に当時の飯島社長と知り合いお世話になることになりました。

- Q2. 入社当時は、どのような気持ちで仕事に取り組んでいましたか?
- 入社当初は設備のことをそれほど理解していませんでしたが「どんな仕事でも一生懸命頑張ろう、何でもやってみよう」という気持ちで入社しましたね。入社してから、基本的にはずっと営業畑で仕事に取り組んできました。当時は、営業を頑張れば頑張るだけ仕事に繋がることが非常におもしろかったし、具体的なやりがいにもなりましたね。
- Q3. 最初はどのような形で仕事をされていたのですか?
- 社長に付いて営業にまわることが多かったです。同行というよりは、営業の仕事を勉強させてもらいながら運転手をしていたような感覚。一人で営業にまわる時は、人があまりいない山の中に行くことも多かったです。茨城県内の全域を毎日、朝早くから夜遅くまで走りまわっていました。何しろ、市町村合併以前で今よりも多い市町村役場を全てまわりましたから。

- Q4. 当時の社長とのコミュニケーションで印象深い出来事はありますか?
- 一度、ものすごい剣幕で怒られたことがありました。机を蹴飛ばし、涙ながらに説教をするんです。私としては逆に「期待されているから、これほどまでに怒ってもらえるんだ」と意気に感じましたね。
- Q5. 会社組織として大変だったと感じる時期はいつですか?
- それはまさに、今現在ではないでしょうか。いわゆるバブルが弾けて以降、年々、景気としての状況は悪くなってきています。正直、現在の受注高・売上高はバブル期の3分の1程度、もちろん単価も下がっています。私が暁飯島工業の社長になるにあたり、友人知人からかけられる言葉の半分が「おめでとう」、「大変だろうけど頑張って」の声が半分というところに、現在の経済全体の大変さが表れているでしょうね。しかし、私としては、そういう大変な時勢だからこそ「頑張ろう」の気持ちが強い。社長にならなくていずれ後悔するよりも、やって苦労する方が私の生き方には合っていると感じますから。
- Q6. 暁飯島工業の経営理念についてご解説をお願いします。
- 「健全なる企業活動を通じ、誠意を以て社会に貢献する」が当社の経営理念です。法令を遵守し、内部統制のはかれた会社組織として、健全な形で発展していきたいとの想いが、経営理念に集約されています。当社は茨城県水戸市という地域で、設備会社としては後発の組織でした。もっと歴史のある競合会社を追い抜いて、現在、地域のトップとなり得たのは、先輩方を含む社員全員が、この経営理念を胸に、県内全域、他県も精力的にまわり、実績を残してきたからこそだと、心から実感しています。

- Q7. 暁飯島工業として大切なことは何でしょうか?
- 私どもの仕事は受注産業ですから、お客様が何よりも大事です。設備を実際に利用される方々も含め、“最高の満足”を提供することが根幹の考えとしてあります。競合他社と比較した際の当社の優位性は、設備会社としてビルメンテナンス・保守管理が充実している事です。お客様の設備に不具合が生じれば、当社の保守管理・ビルケア部は、365日休み無く早急に対応していますのでお客様に安心を提供し設備会社としてそれが大きな強みだと強く自負しております。
- Q8. 社員同士の結び付きの点で、社内の雰囲気について教えてください。
- 非常に風通しが良い会社だと認識しています。厳しく律し合う中にも、業務で困っている人間がいたら自然と助け合う温かな社風がある。だからこそ、若い社員も伸び伸びと努力できるのだと感じています。また、当社では、お客様側にとって百害あって一利なしの派閥もありません。同族会社でないことも、茨城県内に存在するほとんどの大手競合と異なる点ではないかと思いますね。

- Q9. 暁飯島工業で働くには、どういうタイプの人が向いていると思いますか?
- 我が社に限った要素ではありませんが、やはり、やる気のある人間だと、私は考えます。一人ひとりの能力は実はそれほど変わりません。多少の差であれば、絶対に心構えでカバーできます。当社の仕事は、人々の生活に根づき、ライフラインに直結していますから、責任と共にやりがいも大きい。やる気があって、なおかつ日々の努力を根気強く積み重ねられる人間であれば、暁飯島工業は、社員としても一人の人間としても大きく成長していける会社だと確信しています。
- Q10. 最後に、暁飯島工業の今後の展望についてお聞かせください。
- 機械そのものやシステム、建材に至るまでが日進月歩しているジャンルですから、時代の流れをしっかり掴みつつ、お客様の生活にとってさらなる充実を遂げていくことが、当社の展望であり、責務でもあります。その想いで、安心・安全のビルメンテナンスをし続けていく所存です。私自身は、まず守りを盤石にしてから、攻めに入っていく姿勢の人間です。その意味で、市町村などの公共事業や、大手建設会社の案件など、より安定受注先となる部分を固めていきたいですね。当社には若くてやる気のある人材も揃っていますから、これからも社員一丸となって頑張っていきます。